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![]() あまり知られていないかもしれないけれど、それは神戸と世界だけで活躍しているからで、東京でほとんどお目にかかれないからなのだろうと思います。今回「六本木クロッシング」(森美術館)に展示がある、というのをフォトグラファーの本田氏に聞いて、これは是非行かねば!と思い立ってきょう工房の大掃除前に行くことにしたのでした。 エノチュウは村上隆が触発されていた人・・・なんて紹介をされることが多いようだけれど、村上隆にはまったく感じられない気高さと病的さがエノチュウにはあり、村上的センスがまったく肌に合わないわたしには、そんな紹介はされたくないのでした。先日の朝日新聞に村上のインタビューがのっていたけれど、大竹伸朗を見て驚いたとか感動したとか、そういったことから現在のスタイルが始まっているということを答えているのを読んで、なんだかやっぱり凡人っぽいなあと思ってしまった。大竹伸朗に感動するのは別に問題なのではなくて、ひとの作品にそんなに感動して物を作り始める、というのがどうも普通っぽいな、と思ってしまう次第です。これは普通のことかもしれないけれど、エノチュウはもう誰のものでもないエノチュウという存在であって、出発点が何だったのかは知らないけれど、多分誰かの作品に触発された、とかではないのだと思う。エノチュウの作品に関しては興味のあるかたは検索して調べてもらえばすぐに出てきますので、今語りませんが、(写真:エノチュウの作品にこんなのがあるけれど、これは森ビル52階からの眺め) それは「衝動」なんですよねえ。得体の知れない何かにつきあげられ、揺り動かされ、どうしても作らずにいられない、やらずにいられない、という「衝動」こそが芸術なのではないか、とわたしは思うんです。芸術という意識なんかそこにはない。あるのは「衝動」だけで、結果的にとんでもなくヒトを感動に至らしめ、それゆえに「芸術」となり得るのではないか?とわたしは思うのであります。 エノチュウはわたしが勝手に思うに、もとはダダイストだったのだろうと思います。あの大阪万博の時の写真。「はだかのエノチュウ」は上半身裸で、エキスポマークをおなかにつけてます。ヒトは何故ハダカになるのでしょう?この万博の時に、日本でも初めてストリーキングというのがお目見えしました。ダダイストのダダカンさんもそれをしようとしたのですが、先にやっちゃった人がいたので、別のことをしました。何も覆うものがない、繕うものがない、というところに立たされた時にヒトが見せる究極の表現は、おもしろい。即興演奏がおもしろいと思えるのも、そこなんじゃないかとわたしは思う。何の準備もなく放り出された時にどれだけの集中力と思考と衝動を引っぱりだせるか。これはハッキリ言って、日頃の好奇心と追求するという真摯な姿勢と努力なくしては発揮できないと思う。 5分間の即興演奏は、もしかしたらなんとかなるかもしれない。だけど、1時間やれ、と言われたらどうだろうか。 ストリーキングは1分でも十分なものだろうけれど、エノチュウが作る巨大なオブジェについてはどうだろうか?これを作ろう、と思った時の衝動はピュアだろうけれど、巨大な作品ができあがるまでにかかる日数を考えると、その衝動をたもつのは至難の技のような気もしないではない。先日見た漆作家豊田正秋は、その行程の長さのために、タイトルは「継続する記憶」というものだった。大きなものを作るというのは(または時間のかかるものを作るというのは)そういった意味で作家の姿勢にたいする一つの評価に繋がるのだろうと思う。勿論大きいことがみんな良いこととは思ってないけれど、確かにそれを成し遂げるということは凄いことなのだと思う。 エノチュウの凄さはいろいろあるけれど、作品のきれいさも一つある。鉄くずもきれいに磨かれてピカピカだ。この執拗さ加減こそ、今一番日本らしいアートのような気がしている。オタクな文化は、この執拗さにある。「六本木クロッシング」のキュレーターが選んだ半数くらいは、執拗さ加減でビックリさせるものだったように思う。細かい版画、鉛筆で描きつづける自画像等々。初期衝動を持続する精神力が見るものにも訴えかけ引き込んでいく。
by eggdance
| 2007-12-24 00:02
| 作品/art
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